久地円筒分水を見てきた

Nao Machida // 2014/04/06

お花見をしよう、とお誘い頂いて、やってきました神奈川県川崎市。多摩川から取水した二ヶ領用水の水を4つの用水路に正確に分水させるために作られたという、久地円筒分水がお花見会場だったのだヽ(=´▽`=)ノ。

私、実は円筒分水を見るのが初めてで。ダム巡りの際に、いくつか比較的近くまで行ったことはあったのだが、実際に立ち寄ることが無かった。というわけで、花見と円筒分水の見学が両方楽しめちゃうなんて♪とウキウキしながら現地到着。

現地には、日ごろから円筒分水を見守ってくださっているサポーターの方々が早朝から場所を確保してくださっていて、既に盛り上がってらっしゃったw お邪魔しま~っす♪

円筒分水の脇に、見慣れたプレートを発見。国の登録有形文化財として登録されている。サポーターのオジサマ達によりますと、「日本の円筒分水では登録されているのはココだけ!(`・ω・´)ゞ」とのこと。
……といったお話を伺いながら、ちょっと気になっていることがあった。

 なんだかとっても静かである。そう。お水が流れていないのだ。どうしたんだろーと思ってサポーターのオジサマ達に尋ねたら「今、清掃中で水止めてるんだよね~/(^o^)\。いつもはバシャバシャしてるの。ある意味レアだね。うん。」とのこと。
どうやら初円筒分水はレアなタイミングに訪問できてしまったようだw

川崎歴史ガイドと書かれた大きなパネルが設置されていた。「川崎市内の歴史文化遺産の調査・記録と紹介のために実施している歴史文化事業」としていくつかのコースを設定して、情報提供を行っているようだ。これによると、久地円筒分水がある二ヶ領用水は、多摩川から取水した水がこの上流らへんにあった「久地分量樋」で4つの用水路へ流域面積の比率にしたがって分水していたのだが、なかなか正確に分水ができず、水をめぐる争いが絶えなかったそうだ。
もっと正確に分水出来る方法はないか、と作られたのが、今日訪れた久地円筒分水になる。

作られたのは昭和16年。「この円筒分水、73歳なの!」とサポーターのオジサマ達が教えてくれた。二ヶ領用水自体は江戸時代から使われていた記録があるそうで、400年以上の歴史を持っているとのこと。そして、そんな古くから存在するにもかかわらず、正確な分水設備が求められるという状況は、それだけ昔から水をめぐる争いが絶えず起きていたということなのだなぁ。
4つの用水路へ分水している、とアッサリ書いてしまっているが、各用水路が持つ農地面積に合わせて設定されているという比率が「7.415 : 38.471 : 2.702 : 1.675」……細かい……ほんと「一滴も譲らねぇ!」って強い意思を感じる……(゚A゚;)ゴクリ

二ヶ領用水に流れてきた水をサイフォン方式で取水して、円筒部の中心から溢れさせる。真ん中の円形の構造は放射状に均等に溢れさせるための整流の仕組みだそうだ。

左が平瀬川、右のゲートがついてる先が二ヶ領用水。水面の位置が高い。あの高低差を利用して、円筒分水に導いた水を溢れさせる。

護岸工事等の生態系への影響・対策として魚道が作られていた。魚道を遡上する魚を見ることは出来なかったが、かなり大きな鯉がたくさんいるのが見えたよ。

途中雨が降ってきたりして、中断したりしつつもあったが、昼過ぎまで花見を楽しんだ。サポーターのオジサマ達はどの方も明るく面白い方々で、笑いが絶えない楽しいお花見に参加できて、とても良かった。「また、次のお花見でも再会しましょうね!」と固く握手を交わしてお開きとなった。

花見を楽しんだ後は、久地駅近くにある青柳菓子舗さんで円筒分水最中を購入して帰ってきたよヽ(=´▽`=)ノ♪


円筒分水をイメージした丸い最中。こしあん・抹茶あん・栗小倉の3種。
真ん中に「円筒分水」と書かれているだけでなく、4つの用水路へ分水を示す4つの切れ目が入れられている。

場所: 久地円筒分水

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